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2008,04,20, Sunday
みんみん蝉生命のかぎり鳴きつぐを我が歌詠うリズムとぞ聴く
77歳のとき、脳出血で意識をうしない、その回復の過程で50年の封印から急に歌がたちのぼり、その歌が歌集<回生>にまとめられた。もとより、わたしは歌に疎い。 この歌集はのぞいたこともない。が、作者の鶴見和子の本は読んだことがある。その一冊が<遺言>。 昨日、前登志夫、杉本栄子の二人が同日の新聞に訃報としてのっていた。その名から、鶴見和子の<遺言>を再見したら、やはり、二人のことが取り上げられていた。 荒き血と人はいへども山人の血のやさしさをかたみにいだけり 前登志夫は奈良吉野の山村を父祖代々の故郷とし、其の地で己が原初的心性の根っこを確実にとらえて生き、歌をよんだ人らしい。 杉本栄子は、水俣でその名の病から、患者とその他の人々の対立がおきたとき、旧村落共同体の<もやい>を、新しい絆として提示し、<もやいなおし>に存在をかけて先導した人らしい。 片身麻痺の我とはなりて水俣の痛苦をわずか身に引き受くる 微小宇宙我大宇宙とひびきあい奏でる調べ日々新しき 斃れてのち元まる宇宙耀いてそこに浮遊す塵泥我は 米寿の祝いの日に発病し、たぶん、大腸癌だったと推測するが、二ヶ月でその生をおえる。 妹に<死にゆく人がどんな和歌を詠み、何を考え、何を思って死んでゆくかを、客観的に記録しなさい>と命じ、<伯母の病気には悲壮感なく、生と死が両立していた。>と二人の姪に言わしめ、<姉の死の看取りは、私達家族への大きい贈り物である>と妹に言わしめた。 一切の延命処置お断りと文書く窓辺花散る気配 痛みとは我のみぞ知る我は痛み痛みは我片時も痛みは我を離れざるなり 山茱茰の枝はそよげり朝は強く昼は静かに 生命細くほそくなりゆく境涯にいよよ燃え立つ炎ひとすじ そのほかにこんなことも詠んでいる。 政人いざ事問わん老人われ生きぬく道のありやなしやと 九条はありても堰となさざるをなくては奈落へ雪崩れゆくらん 日本列島戦略基地に組み込まれ修羅を招くや我が去りし後に 強者―弱者、中心―周辺、異物排除の現状に果敢に闘い、めざす未来の社会のありようを指し示した鶴見和子。その<遺言>はいま、おもくこころに響いている。
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| コラム | 10:34 PM | comments (x) | trackback (x) | |

