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2008,04,25, Friday
19世紀半ばに蝦夷地を旅してアイヌ民族の実態を誌した者の記録を、今日に読みと解こうとした人が、そのコタンの人別を書き写し始め、メモの量がふえはじめ、そのことを写経に似ると感じた。
記録は、各戸の戸主名から始まり、家族の名、年齢、続柄が列記される。ほとんど各戸毎に、誰々は<雇に下げられたり>とか<雇いに取られ>とか<浜へ下げられ>とある。そのくりかえしに目をさらすうちに、<雇いに取られる>本人や家族の嘆きや苦しみがつたわってきて、いつしか人別を書き写すというしぐさで、鎮魂の思いをあらわしたくなったらしい。気がついてみて、昔から写経という行為が、供養の業としてあることを意義深いこととして想った。 花崎皋平<静かな大地> 人別記録をつらぬく執拗な繰り返しが、それに目を凝らす者に、繰り返すという記録者の振る舞いのただならぬ意思を感知させる。それは、書き残された文字のつらなりを丹念になぞることによって読み取られるのである。いみじくも写経という行為が想い起こされているように、写本や写経における<書き写すというしぐさ>は、記しとどめられた文字の背後にひそむ数知れぬ<嘆きや悲しみ>に、記しとどめたものとともに思いを馳せる行為であった。 ここには私たちに大切な一つの<しぐさ>が示されている。このとき、その小さな文字のつらなりは、まさしく紙碑として立ち現れてくるだろう。 花崎の文に思想史研究者市村弘正はこのように記した。 人別記録。 名前、年齢、続柄。その一つひとつが、語りかけているのに、その事にまったく気づかず、やり過ごしてしまい、ただの文字の羅列としか感じられない。花崎とはまるで正反対の感性、しぐさ。その典型が社会保険庁の年金記録ではないか。 一人ひとりが生き、まっとうに働いた記録への思いはまったく、なかったのか。 行政をになうひとびとの<しぐさ>のさもしさを感じてしまう。おなじく、政治をになう人びとにも同じく、その鈍感さを感じてしまう。 所詮、個ではなく、マスとしてしか人間をみないのか。それが政治家なのか。官僚なのか。 かといって、わが身を振り返れば、冷や汗ものだ。文字としてではなく、ひとり、ひとりは顔をもち、体をもち、その体の不具合から、私はその人と出会をもつ。しかし、その生活にまで思いを馳せ、充分に対応してきただろうか。病院という大きな組織のなかでは、私にとって、患者さんは、症例としての認識がまさっていたようにおもう。組織から離れ、ようやく、生活の場を想像して患者さんと対することができはじめたと思うが、まだまだ、花崎のようにはいかない。 おおいに恥じ、共感力、想像力をそだてたいと切に思う。、
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| コラム | 01:53 AM | comments (x) | trackback (x) | |

