■CALENDAR■
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30   
<<前月 2010年09月 次月>>
■ADMIN■
ADMIN ID:
ADMIN PW:
■NEW ENTRIES■
■CATEGORIES■
■ARCHIVES■
■PROFILE■
■POWERED BY■
BLOGN(ぶろぐん)
BLOGNPLUS(ぶろぐん+)
■OTHER■

蕨野行
村に約定あり、 60の歳迎えれば 皆 蕨野(わらびの)に参るべし
物心ついたときより 背負うて来た飢え、ようやく今 断ち切りたる  
あきらめるべし 
里の者の命取るか 蕨野の命取るか 自明の理なり 
そのためにこそ 蕨野はある

蕨野行   村田喜代子原作 恩地日出男監督 市原悦子主演  2003年製作
 
 市原悦子の、<ぬいよー>という家に残した嫁への呼びかけと、<よい、よい>との口癖が印象に残る映画だった。
 江戸時代、東北の農村では凶作に備えて、60歳を迎えれば、家柄に関係なく、<蕨野>へ集団追放され、その後は毎日半里の山道をおりて、農作業を手伝い、一日の糧を得て、再び、蕨野へ帰る。通えることができねば、糧は手に入らず、通えても、里に仕事が無くなれば、里へ下りることは禁じられ、山菜、木の実、うさぎ、鳥をとって糧とする。その糧もやがて尽き、冬の訪れとともに、ひとり、また、ひとりと死んでいく。
 さて、4月から、後期高齢者医療制度がスタートした。75歳で線引きをして、残りの集団の医療保険から切り離すのが目的らしい。医療費がかさみ、その負担に財政的破綻が予想されるため、との説明らしいが、この逼迫ぶりは75歳の平成蕨野送り、を正当化できるほどのものなのだろうか。

、蕨野に去った老人たちには、里に根があった。だから、思いやりとやさしさを抱いて、その村の掟に従えた。里がその存在のすべてだった。
ところがこの平成の世はどうだろう。まるごと存在を包み込むような、社会だろうか。
 子や孫を犠牲にして、生き延びたいとは誰も願ってはいない。が、功利至上の経済原理が貫徹される世のなかで、切捨てられる人々にはその存在をまるごとつつみこみ、安寧と受容をもたらす里など、ありはしないのだ。
後期高齢者医療とは名前が悪い、と福田首相は長寿者医療と言い換えることにしたらしい。
オイオイ、そんな問題か。
この制度はまさに、平成の<蕨野行>、いや、それ以下の<蕨野もどき行>だとおもう。
何人にも等しく、掟が適用され、里に残る人々にその存在の深淵をのぞかせる蕨野行ほどにも、この制度は及ばない。
<よい、よい>と、静かに穏やかに受容する声は、聞こえてはいない、と私はおもう。



| http://www.shirayuri-clinic.com/blognplus/index.php?e=8 |
| コラム | 03:38 PM | comments (x) | trackback (x) |
PAGE TOP ↑