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2008,04,12, Saturday
村に約定あり、 60の歳迎えれば 皆 蕨野(わらびの)に参るべし
物心ついたときより 背負うて来た飢え、ようやく今 断ち切りたる あきらめるべし 里の者の命取るか 蕨野の命取るか 自明の理なり そのためにこそ 蕨野はある 蕨野行 村田喜代子原作 恩地日出男監督 市原悦子主演 2003年製作 市原悦子の、<ぬいよー>という家に残した嫁への呼びかけと、<よい、よい>との口癖が印象に残る映画だった。 江戸時代、東北の農村では凶作に備えて、60歳を迎えれば、家柄に関係なく、<蕨野>へ集団追放され、その後は毎日半里の山道をおりて、農作業を手伝い、一日の糧を得て、再び、蕨野へ帰る。通えることができねば、糧は手に入らず、通えても、里に仕事が無くなれば、里へ下りることは禁じられ、山菜、木の実、うさぎ、鳥をとって糧とする。その糧もやがて尽き、冬の訪れとともに、ひとり、また、ひとりと死んでいく。 さて、4月から、後期高齢者医療制度がスタートした。75歳で線引きをして、残りの集団の医療保険から切り離すのが目的らしい。医療費がかさみ、その負担に財政的破綻が予想されるため、との説明らしいが、この逼迫ぶりは75歳の平成蕨野送り、を正当化できるほどのものなのだろうか。 、蕨野に去った老人たちには、里に根があった。だから、思いやりとやさしさを抱いて、その村の掟に従えた。里がその存在のすべてだった。 ところがこの平成の世はどうだろう。まるごと存在を包み込むような、社会だろうか。 子や孫を犠牲にして、生き延びたいとは誰も願ってはいない。が、功利至上の経済原理が貫徹される世のなかで、切捨てられる人々にはその存在をまるごとつつみこみ、安寧と受容をもたらす里など、ありはしないのだ。 後期高齢者医療とは名前が悪い、と福田首相は長寿者医療と言い換えることにしたらしい。 オイオイ、そんな問題か。 この制度はまさに、平成の<蕨野行>、いや、それ以下の<蕨野もどき行>だとおもう。 何人にも等しく、掟が適用され、里に残る人々にその存在の深淵をのぞかせる蕨野行ほどにも、この制度は及ばない。 <よい、よい>と、静かに穏やかに受容する声は、聞こえてはいない、と私はおもう。
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| コラム | 03:38 PM | comments (x) | trackback (x) | |

