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2008,03,30, Sunday
マッチ地擦るつかのま霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや
終戦時、10歳だった寺山修司の歌。その父は戦死だったとか。昭和10年生まれのその寺山は生きていれば、今73歳。その父は100歳近いか。 先日、大江健三郎の(沖縄ノート)による名誉毀損を訴えていた渡嘉敷、座間味の沖縄守備隊長は88か89歳。その人の会見で(部落民、あいつらは、)(我々が犠牲になって遺族年金をもらって)云々。その発言はあくまでテレビに流れたもので、あちこち編集が加わり、正しい趣旨が伝えられていないかも知れないが、その言葉は確かに彼の口から吐かれた。沖縄の人々をあのように(部落民、あいつら)。戦後62年を経てまだ、当時の皇民教育のなかでの意識そのものを投影し、沖縄の戦中、戦後を思いやることの無い言葉。沖縄守備隊とは、沖縄を守る軍隊ではなく、沖縄を塁とする国体守備隊であった。そのために人々に軍の足手まといとならないことを強制したのが真実でなかったか。隊長の命令が直接なされなかったとしても、彼が名誉毀損を訴えることには道理がない。 国体を守ること、に命をささげた人々が今もなお、そのことを誇りに思う。それは十分理解できる。祖国を守るためにと命を落とした人々に心から、哀悼の意を捧げることと、祖国とは国体そのものと考え、生きた人間を省みない軍そのものを容認することとは違う。 戦後、日本人は反省に立って個人の自由と平等を謳い民主主義を基本に据えたはずではなかったか。 90代、80代、70代の患者さんと接していて、時にその生きてこられた時代を思いやる事がある。彼らは、(命捨つる祖国)を持っていた。今も沖縄守備隊長は命捨つる祖国をいだき続けているのだろうが、多くの人は命を捨てるべき原理など無いと、思っておられると思う。過って、命さえも差し出せと命じた国は彼らに今、どう報おうとしているのか?年金、医療、福祉、どれひとつとっても、過酷な時代を生きた人々への思いに欠ける、と私は思う。ところで、命捨てるに足るほどの共同体があるとして、其れはどんな共同体であるのか?未だ、現出してはいない憲法の精神のなかにあるのではないのか。 マッチするつかの間ならず、ライターつけて見える海にも霧深い。
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2008,03,26, Wednesday
温かくつつめ、残照
昨日、嬉しい退院がありました。肺炎、胆管炎を合併し、はじめてお目にかかった時には会話はもちろん、成り立たず、表情もない状態で治癒される可能性は低いと判断せざるを得ませんでした。総胆管に内視鏡ではとても除去できない巨大結石、糖尿病、心不全、92歳の年齢。約1ヶ月の食欲不振からほぼ、寝たきり状態。悪い条件が多すぎて、そう考えたので、ご家族にとりあえず、炎症をおさえ、肺炎の目途がたてば、総胆管の結石に対する治療方針を検討しよう、と提案しました。ご家族がりっぱでした。ずっと、付き添われ、看護され、話かけられ、次第にAさんは肝機能から正常化し、会話も出来、自力で食事も出来はじめ、肺炎もほぼ、沈静。股関節、膝関節、足関節の固縮傾向と廃用性筋萎縮から立位が困難だったのもなんとか、立位は可能のめどがたちました。(近頃、めづらしい位、いい娘さんでよかったですね.おかげで、回復されたとおもいます。)その答えは、(いい子ばかり生みました。)つきっきりで看病された娘さんの名前を尋ねても、出るのは他の娘さんの名前で気の毒に思っていましたが、退院の前日には、ちゃんと、その名が言えました。皆が嬉しくて、笑顔でした。昨年の暮れには、自分で収穫した大根を漬けたというAさんの日常がもどりそうな予感があります。何時なんどき、胆管結石がわるさするかも知れないけれど、このまま、無事に経過することもありうるわけで、取りあえず、退院となりました。いつか、かならず、陽は沈みますが、ぬくもりのある、風情ある残照をたのしめる日々であって欲しいと、心から願っています。本当に見ていて、こちらも癒される位の(いい子)で良かったですね、Aさん。
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2008,03,21, Friday
平成13年から通院されていたYさんが亡くなった。今日の新聞の死亡欄で知った。朝から、重い気分、いたたまれない澱のようなものが張りついて一日を過した。一ヶ月前、Yさんは、私の外来を受診された。翌日、病院再診予定とのことで、入院が必要になることは確実と思われ、そのまま、お別れした。それが最後の(お大事に)になってしまった。糖尿病による視力障害のある母と支え合って二人で過しておられた事情を知っているからこそ、よけい重い悲しさがつのるのだろうか。残された母親は、都会に嫁いだ娘さんの所に身を寄せられるのだろうか。長年、住み慣れた所から離れることは歳に反比例して困難をともなうだろうと容易に想像される。子どもに先立たれる親の哀しみ、悔しさ、寂しさ。そのうえ、行く末の不安。あの日、私はYさんに対して、あんな別れでよかったのか。Yさん一人のみならず、その母の生活までも崩してしまったのかもしれない。それほど、遠くない未来にはこんな日が来る事を十分、解ってはいたけれど、あまりに早い、その日が来てしまった。再度、問う。私はあの日、(お大事に)に何を込めて彼を送りだしたのか?もっと、Yさんのためにできることがあったのではなかったか?たとえ、同業の誰かを傷つけても。こだわり続けること、忘れない事をYさんに誓う。
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2008,03,13, Thursday
己の欲せざるところは人に施すことなかれ。 孔子の言葉。心にとめています。 わたしは、寂びしからずや、道を説くきみ と晶子に読まれたような道徳的な人間では決してありませんが、このフレーズはいただきです。ただ、己と他者の欲するところ、欲せざるところ、が果たして、重なるのか?それが、問題です。人間の考え、感じ方の多様さがあり、それが面白い。でも、その多様性ゆえに、己を物指しにすると、ひとりよがりに陥る可能性は十分ありえるので、なかなかきっぱりした方針がたてられないこともあります。本人、家族、仲間との話し合いが、かくして、必須なのですが、なかなか、満足のいくことができていません。時間がもっと、あればな、と思っています。少々、自己努力に欠けているのも否めないかも。
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2008,03,12, Wednesday
テスト。
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